インドネシアにおけるコロナ禍後の人事評価制度と社内不正防止
- F&A Writer
- 2022年12月14日
- 読了時間: 13分
はじめに
コロナ禍以降、インドネシアの駐在員を減らしている企業が増えています。コロナ禍の当初は一時帰国のつもりが、Web会議などの普及から、意外と遠隔でも管理できることに気づいて、コスト削減のためにそのまま駐在員の数を減らした企業も多いです。
そのような状況にあって、新たな問題も出てきています。目を光らせる日本人駐在員が減ったことによる社内不正の増加。日本人が占めていたポストをインドネシア人に任せるための人事制度の未整備、などです。(ワクチン接種のため、日本にしばらく帰国している間に、現地で労働組合を作られた、といったケースも耳にしたりします。)
これらの問題への対処には、欧米系・韓国系企業の制度が参考になります。もともと欧米系・韓国系の企業は、営業やマーケティングなどのマネジメントポストを現地に精通しているインドネシア人に任せていることが多いです。また、グローバルで統一された人事制度を適用しており、President DirectorやFinance Directorといった統制上において重要なポストは除いて、基本的に本国と同じ評価尺度で、能力さえ備えていればダイレクターポストまでインドネシア人にキャリアパスを示しています。すなわち、戦略策定や不正防止のために重要ポストは押さえつつ、オペレーション等、現地でできることは、現地に任せる仕組みを最初から備えているのです。本国から駐在派遣される人材のコストを低く抑え、その抑制分で現地の有能な人材を高給で雇う方が、結果的にコストを抑えられるメリットもあります。よく、「日系企業は欧米系・韓国系企業にマネジャーレベルの人材の獲得競争に負けている」と言われることがありますが、こういった背景があります。
では、日系企業が欧米・韓国型の人事評価制度をそのまま適用できるかというと、そうとも言えません。前述の通り、欧米系・韓国系企業は、統一されたグローバル人事制度をそのまま現地にも適用しているため、同じ仕事であれば外国人だろうがインドネシア人だろうが同じ賃金が支払われます。そのため、必然的に「職務給型」の人事制度が多いです。しかしながら、製造、技術、品質、営業などの部門間の議論や根回しによって、TQCやKAIZENを行っている日系企業にとって、100%の職務給型の人事制度の導入は弊害が大きすぎます。
インドネシアと日本で「勤続年数格差」が大きいのは別の理由
ところで、インドネシアは日本に似て年功序列型である、といわれることがよくあります。つまり、「年功給」や「勤続給」の割合が大きいという説です。これは本当でしょうか。
下図は、勤続1~5年の賃金を100とした場合に、勤続年数に応じてどのくらい賃金が変化するかを表したものです。

労働政策研究・研修機構「データブック国際労働⽐較2022」より弊社分析。勤続年数であるから、例え50歳でも転職したら勤続1年目にカウントされていることに注意。
このとおり、どの国も勤続年数に応じて賃金は高くなる傾向にはありますが、特に日本・インドネシア・ドイツ・オランダの賃金格差が大きいです。勤続1~5年目の賃金に比べて、勤続20~29年の賃金は、ドイツ・オランダは1.5倍、日本は1.6倍、なんとインドネシアに至っては2倍になります。逆に「同一労働同一賃金と成果主義」が徹底されているスウェーデンでは、1.1倍にしかなりません。一見すると、日本とインドネシアは同じ傾向があるように思えますが、下図からは違った視点が見えてきます。
下図は、縦軸に「解雇し難さ指数」、横軸に先ほどの「勤続年数賃金格差」をとって国別
にプロットしたものです。右上にいくほど、「解雇がし難く、勤続年数格差が大きい」こと
になります。逆に左下にいくほど、「解雇がしやすく、勤続年数格差も小さい」ことを示しています。

勤続年数賃金格差は労働政策研究・研修機構「データブック国際労働⽐較2022」、解雇し難さ指数は「OECDデータ2019年度」より弊社分析。
インドネシアはむしろ自然な位置にプロットされていることがわかります。つまり、インドネシアの勤続年数格差が大きいのは、そもそも制度上解雇が難しく、「20年選手、30年選手がぬるま湯に浸かっている」ということです。一方で日本は、不自然な位置にプロットされています。日本は従業員の解雇が難しいイメージが定着していますが、散布図の下の方に位置しており、国際的にみると実は解雇はしやすい方です。それなのに勤続年数で賃金格差が生まれているというのは、やはりいわゆる年功序列型の文化的側面の影響があります。インドネシアに関していうと、2020年のオムニバス法によって、多少解雇はし易くなりましたので少しずつ左下の方に移動してくることが予想されます。(散布図は2019年のデータを元に作成している。)
〇〇給の定義
話を元に戻します。日系企業はコロナ禍後の人事評価制度をどのように設計すべきか。それはずばり「行動給+(生活給)」です。
なぜそうなるかの説明の前に、「○○給」の言葉の定義をしたいと思います。○○給と呼ばれるものは様々ありますが、コンサルタントによって微妙に使い方が違ったりします。この定義があいまいなために、とんでもない勘違いを生んでいるケースが少なくありません。そもそも人事評価制度は、人を育て、会社を強くし、計画を達成し、最終的には経営理念を実現するためのものです。従業員全員が人事の専門用語に精通しているわけではないので、誤解を生まないよう、言葉の定義をしっかりする必要があります。 ここでは以下の通り定義したいと思います。

賃金体系は基本給の分類であって、諸手当の分類でないとしている説明もよく見られるが、例えば「役職手当」は仕事給の典型であり、諸手当の中にもそれぞれ賃金種別があると考える方が自然である。
【生活給】
生活を最低限支えられる程度の給与を確保するために決まる賃金体系
-生活給
生活を最低限支えられる程度の給与を確保するために支給される賃金。年齢、勤続年数や家族構成などを考慮して支給されるものを指す。家族手当や住宅手当などもこれに該当する。かつて戦後日本では、生活給に基づく賃金設定がなされていた。日本では本来この生活給が基本給そのものであったが、様々な名目の手当が登場するにつれ、生活給は賃金体系の一部になった。
【属人給】
人を中心に考え、学歴や年齢、勤続年数、能力などの個人の属性によって決まる賃金体系
-職能給(=能力給)
ひとりひとりの能力に応じて、人に賃金額がついていて、どの椅子に座るかに関わらず、その人の賃金額をもらう、というイメージ。会社が働く人の成長を期待し、自分の部門以外の知識取得・能力向上も評価されることもあるので、部門間の連携を生みやすい。また、人事異動を柔軟に行いやすい。一方で、しっかり運用しないと、後述する「年功給」に近い運用になってしまったり、近年ではネガティブな意味で表現されることが多い、いわゆる「ジェネラリスト」を生み出しやすかったりする。
-年功給
勤続・年齢・学歴など個人の属性に対して支払われる賃金。勤続・年齢・学歴によって、間接的にその人の能力を評価する「疑似的能力」ともいわれる。職人技が必要とされるような職種は、ある程度当てはまることがあるが、これらの属性は本人の努力や、本当の能力によって変えられないため、デキる社員の不満がたまりやすい。現在では、純粋な年功給のみの制度を運用している企業はほとんどない。帰属意識が生まれたり、制度運用が楽であったりというメリットも一応存在する。勤続年数によって決められる賃金の「勤続給」は年功給の派生形。
【仕事給】
仕事を中心に考え、仕事の内容や、業績、成果などによって決まる賃金体系
-職務給
仕事給の典型。仕事・業務が先にあって、そこに人を張り付けていくイメージ。職務内容と賃金額が書かれた椅子が先に置いてあって、そこに座った人は、これまでのキャリアや能力に関わらず、その賃金額をもらえると考えれば、分かりやすい。仕事が変わらないと賃金も変わらないので、昇進への強い動機付けになりやすい一方、自分の職務内容以外のことを行う動機が全くなく、部門間の連携がしづらくなるデメリットもある。「職務内容をこなせば、約束された賃金を貰える」ということであって、それ以上に成果を出したらより高い賃金が貰えるとは限らないので、後に述べる「成果給」とは分けて考える必要がある。ただし、より高い成果を出せば、次は別の「良い椅子」に座れる可能性はある。
-行動給
会社の業績向上につながる社員の具体的な行動に対して支払われる賃金。本人が有する能力を評価する「職能給」に比べて、具体的な行動を評価するため、従業員が何をすべきかがわかりやすい。そこで示される行動基準は、あらかじめ経営者と現場との議論を通じて、成果につながると考えて作成するため、成果主義の要素も取り入れつつ、プロセス評価も可能。「来年会社が求める能力を変えます」というのは反発を生むが、「来年会社が求める行動を変えます」というのは、従業員の納得を得られやすい。そのため、基準の柔軟な変更が可能。
-成果給(=業績給)
能力や年齢ではなく、もっぱら仕事の成果に重きを置き、成果によってボーナスなどに大きく差をつける。成果給だからといって、後述する「役割給」のように、時間の使い方や仕事の仕方が自由であるとは限らない。また、定性的な成果も成果給となり得るなど、「歩合給」ほど賃金の単純計算にはならない。2000年代以降、企業体力が低下した日系企業の多くが導入を試みた。しかし、そもそも何を「成果」とするか、またそれを評価できるのか、というのが大きな問題である。成果給を導入した企業の多くにおいて、適切な評価がされていないと感じる従業員が増え、目標未達を避けるために目標値をはじめから下げようとしたり、責任だけで権限が与えられていないと感じる人が増えたりして、ほとんどが失敗に終わった。
-役割給
特定の任務や役割をまず与えられる。その任務や役割を遂行するために、どのように時間を使うか、どういった手段で仕事をするかなどは、本人の判断に任せられる。こうした任務や役割に応じて、支払われる賃金。任務達成度合いの評価は、そう頻繁には行えないため、1年ごとに評価される「年俸制」として運用されるケースが多い。働く人にある程度の裁量を与える必要がある。とにかく任務を達成すればよいわけで、「職務給」のように職務内容が事前に決められているわけではない。高い責任感や能力を持っている管理職や、シンクタンクなどの研究職・専門職にはあてはまりが良い一方で、ブルーカラーの従業員には適用し辛い。
-歩合給
1個売ったらいくら、など非常に明瞭な形で定量的に計算される賃金。本人の努力がそのまま報酬につながるため、モチベーション向上につながる一方、組織の一員としての意識が低下するデメリットがある。また、不安定な賃金となりやすく、100%歩合給とすることは通常困難。インドネシアでも最低賃金は必ず支給が必要なため、歩合給の割合は多くても10~20%程度に設定されると考えられる。20世紀初頭フレデリック・テイラーが工場の生産性向上のために行った「科学的手法」は、この歩合給の考え方に近いものであった。
コロナ禍後にあるべき人事評価制度
日系企業のコロナ禍後の人事評価制度は「行動給+(生活給)」とすべきと述べました。
そもそも、成果給はインドネシア人に向いておらず、職務給は日系企業に向いていないことはなんとなくイメージいただけると思います。職務給が日系企業に向いていない理由は、すでに述べた通り、日系企業の強みである部門間連携の重視のためでした。では、21世紀初頭の日本で標準的だった職能給(能力給)はというと、形骸化して結局「年功序列型」に陥りやすくなります。事実、その結果が前述の日本の散布図に表れていたわけです。また、いわゆるジェネラリストは不要になってきており、求められる能力も、年々変化しています。今年求められる能力が、来年成果を生むとは限らないわけです。
むしろ、現代は試行錯誤の経営が必要不可欠となってきています。これは製造業であっても同じです。つまり、環境の変化に合わせて柔軟に行動変容をし、環境に適応していくこと、またそのマインドセットが求められています。現代戦略論のキーワードは、「試行錯誤 Trial」、「適応行動 Adaptation」、「ネットワークとコミュニケーション Network&Communication」、「暗黙知の形式化 Externalization」、「デザイン思考Design Thinking」です。RIZAP(ライザップ)のトレーナーは、トレーニング技術やコーチング技術よりも(また、マッチョであるかどうかよりも!?)、まさに「ネットワークとコミュニケーション」が重視されるというのは有名な話です。
毎年求められる能力を変えるのでは従業員は混乱しますが、毎年求められる行動基準を示されるのは、従業員にとって納得感があります。よって、理想の行動基準を決め、この行動を毎年修正していくことが、コロナ禍後の経営に求められてきています。なお、この理想の行動基準は、ハイパフォーマー(成績優秀者)に共通して見られる行動特性を参考にして作成します。ハイパフォーマーの行動特性のことを「コンピテンシー」といったりしますが、コンピテンシーは通常、能力や知識・経験といった広い概念を含みます。行動給では、能力や知識・経験ではなく専ら「行動」に重きを置く設計が重要です。つまり、行動基準書の述語は、「~できる」ではなく、「~する」や「~を行う」になるわけです。ここで示される行動基準は、あらかじめ経営陣と現場との議論を通じて、成果につながると考えて作成するため、成果主義の要素も取り入れつつ、プロセス評価も可能となります。
行動給にプラスして「生活給」と述べたのは、「年功給ではなく、生活給を支給している」という従業員へのメッセージを送るためです。「家族手当」などの、仕事や能力に関係しない手当を廃止したいと考える経営者も多いと思いますが、従業員の反発を招いてまで直ちに廃止を断行するにはマイナスの影響が大きいです。ただ、こうした手当を支給しているのは、「まだまだ生活の苦しいインドネシア従業員のためを思って支給しているのであって、年齢や勤続年数に応じて給与が直線的に増えるとは勘違いしないでほしい」という伝え方もできます。人事制度が相手をしているのは人ですので、伝え方も大事、ということです。ただ、その設定額としては、「地域の最低賃金相当額+家族手当」程度であると考えればよいでしょう。
「年功給ではなく生活給」、これを明確にしておかないとインドネシアは永遠に散布図の右上に位置したままです。
一方で製造業では、未熟練工である一番下の等級において、単純作業の習得のみがまずは当面の目標とされるような場合は、行動給が適切でないこともあります。この場合、単純作業が求められる等級のみ能力給(~ができる)とする設計も可能です。ただし、未熟練工であっても、「問題や間違いが起こったら隠さずすぐに上長に報告する」「ヒアリハットが起こったら、上長に報告する」といった行動も、同時に評価にいれておくことが重要です。
最後に
「能力」というあいまいな評価基準にせず、従業員が行うべき具体的「行動」を示すということは、中長期計画から単年度計画へ、そこから行動基準まで落とし込むためのマネジメントの力量がより試されるともいえます。会社の外部環境・内部環境の変化に応じて、適切な行動基準を作り、試行錯誤型の経営をして成果を出すのはマネジメントの責任だからです。従業員が行動基準を完璧にこなして成果がでないのであれば、それはマネジメントが策定した戦略が間違っていた、ということです。現場との議論による毎年の行動基準作りを通じて、マネジメント陣が「脳に汗をかく」態度を示すことによって、マネジメントと従業員の関係性が深まり、ベクトルを合わせることができます。
【結論!】
・コロナ禍後の人事評価制度は、欧米系・韓国系の制度が参考になるが、日系企業にはそのまま適用できない!
・賃金に勤続年数格差があるのは、インドネシアは「解雇がしづらい」から、日本は「年功序列の文化的側面」があるから!
・コロナ禍後は「行動給+(生活給)」を基準に考えて制度設計すべき!
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